マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』6の1
しかし私たちが衰退する原因は公開されていない。大企業が国を自分のものにしたことによって、学校の教室のみならず民衆の説教壇であるマスコミをも絶対支配しているからである。
ゴア・ヴィダル1
情報も情報を得る手段も持たない国民によって選ばれた国民政府は、ドタバタ劇か悲劇かあるいはその両方の始まりでしかない。常に知識を持った者が無知な者を支配する。国民が自らの国を治めようとするなら、知識がもたらす力で自分自身を武装しなければならない。
ジェームズ・マディソン2
注1. Gore Vidal, The Decline and Fall of the American Empire, Tucson, AZ, Odonian Press, 1992『アメリカ帝国の衰退と滅亡』.
注2.W.T.バリーに宛てた書簡。Letter, 4 August 1822, to W. T. Barry, in The Writings of James Madison, 9 vols, ed. Gaillard Hunt, New York, G. P. Putnam’s Sons, 1900-10, vol. I, ch. 18, document 35.
大企業によるマスコミや文化の支配は持続可能で民主的で公正な社会を作る上での最大の障害です。イギリスでは外国籍のグローバル・メディア企業が公共放送制度の独立性をを弱体化させようとしています。その理由はなんなのでしょうか。まず、世論や国民の承認を得ることで政府が国民を支配できるからです。そして「ゆりかごから墓場まで」続く宣伝[訳注:この表現はもともと生まれてから死ぬまで面倒を見るイギリスの社会福祉制度を指していた。]によって大企業が消費者を支配できるからでもあります。十八世紀のスコットランドの哲学者・政治思想家デービッド・ヒュームは、権力を保持しようと望む政府の第一原則は世論の形成によって少数者が国民大多数を統制することを可能にすることである、と述べました。
この章では商業権力や政治権力が利益と権力を獲得するためにどのようにマスコミ等の文化組織を取り込むかを明らかにします。主流派メディアがいかに金融バブルの膨張を無視し、地球温暖化などの生命にかかわる問題をつい最近まで脇に追いやってきたか、いかに都合のよい科学的研究結果が金で買われてきたか、いかに芸術が譲歩・屈服させられたか、いかに宣伝が子どもたちを操っているか、いかに大企業や政界のエリートらが都合のよいようにマスコミの報道を操作しているか、これらはみな重大な問題点です。結局それはすべて境界線の問題であり、本書の中心的な主張に関連します。つまり文化(この中にはマスコミ・保健・教育・科学・芸術が含まれますが)と国家とビジネスの間に明確な境界線を設ける必要があるということです。
この章ではまず次のようなテーマを用いてこれを描きます。
· 文化パワーを取り込む
· 自由な文化スペースを妨害するのは何か
· 文化パワーと社会運動
· 少数者が世論の条件設定を行っている現状を否認する
そのあと大企業と国家によって文化の乗っ取りが進んでいる分野のいくつかに焦点を当ててみましょう。これを読めば有害な境界線侵害という状態が現れるたびに読者が自らそれを分析できるようになるでしょう。ここでは次の例を分析します。
· 大企業によるマスコミ支配
· 医療の私有民営化:「国民健康サービス株式会社」
· 子どもの生活の商品化
· 科学の買収
· 知的コモンズと遺伝子コモンズの囲い込み