『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』5の2
まとめてみると、実業界は法制度や規制を改善するために政府に対してロビー活動する必要があります。これが公開された形で行われ、境界線も明確で、公正な土俵で皆が対等に参加できるなら、適正に機能するでしょう。企業の規模が小さいか中ぐらいで、自国内に基盤があるなら、ロビー活動が透明に行われれば政府界と実業界の間に健全な境界線を保つことができます。ルーズベルト米大統領によって創られ一九八〇年代まで続いたニューディール政策という枠組みや、イギリスのケインズ派の混合経済および福祉国家は、明確な境界線を引くことによって大企業を抑制していました。けれども、私有民営化、公有資産の底値での売却、PFI、肥ったネコ・回転ドア症候群、大企業優遇の法制、税金逃れ、計画制度の買収、軍産複合体、商店街での小売競争の終焉、カネで買える民主主義など、一連の問題は境界線の歴史的な移動によって〝乗っ取られた国家〟と〝コーポクラシー〟(企業権力主義)を示しています。言いなりになった政府は公益の維持に失敗し、実業界が政策・規制措置・計画制度・税制に影響力を振るい、公有資産や三十年間続くPFI利益を底値で売り払ってしまったのです。
けれども、話はまだまだ悪くなります。大企業は一九八〇年代からグローバル規模で権力を掌握しようとしています。大企業が統制する国際的制度をつくることで国家政府のレベルを素通りしようとしているのです。例えば一九九三年にはアメとムチを使ってグローバルな単一市場の開発を目指すWTO世界貿易機関が創設されました。WTO創設に向けて自国の名を連ねた際、どの国の政府も税金・労働・環境・社会・医療などを保護する自国の主権のかなりの部分を譲り渡したのです。イギリスではWTO条約は、契約の詳細を規定する細字部分を詳しく読む議員も少なく、ほとんど誰も何も言わずに国会を通過しました。ユーロスケプティック(欧州統合懐疑派)がEUヨーロッパ連合の中心ブリュッセルに国家主権を譲渡するのに反対する一方で、彼らはもっと重大なイギリスの経済主権をWTOに譲り渡すことに関しては黙っていたのです。
WTO条約をしっかり理解していた人々は少数でした。理由は第一に国民を交えてWTOについて議論することはしない道を政府が選んだからであり、第二に国会が綿密な調査・審議を行うことを怠ったからであり、第三に世論に大きく影響を与える少数のグローバルな大手メディアによってWTOに関する情報の統制が行われたからです。
第六章では大企業によるマスコミと文化の乗っ取りを分析し、いかに少数派が多数派を支配するか見ることにしましょう。