マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節の共生社会―自由・平等・友愛・持続性を実現する―』12の2
資本主義もイギリス式民主主義も制度全体が危機的状況にありますが、資本主義と民主主義を変革する機会とは何でしょうか。様々な問題点が存在することは本書で指摘してきたとおりですが、今必要なのは、実業界・政府界・市民界が「社会の全体像」をつかむことです。そして全体像に基づいて行動を起こし、指針となる価値観を明確にして、職場・地域・政府それぞれのレベルでどんな未来を望むか、どのようにしてそれを実現するか、を話し合う機会を設けるのです。実業界はそれを通じて儲けることに焦点を当てた狭い視点から社会・環境・持続性のミニマム基準に配慮する立場に転換します。政府界/官公庁は真の参加型民主主義を取り入れて、参加方式による予算編成、コミュニティを交えた計画策定、公衆との対話・討議など多様な方法を通じて民主的な文化を築くことができます。市民界は文化発展や地域づくりを現場からリードして、社会的企業によるサービス供給を支援し、持続可能性に関しては提言したり反対したりするだけでなく三領域をまたがるパートナーシップを先導することができます。
それでは政界・経済界・文化界を刷新するにはどんな機会が存在するでしょうか。まず第一に、国は民主制度を改革して、政府界/官公庁の焦点を国から市民に代え、参加型で包容的な民主主義文化を創る必要があります。二〇〇六年のイギリスの「パワー・インクワイアリー」の答申がすでに変化の道筋を示しています。成文憲法化、人権章典、解職請求(リコール)権、国会解散の廃止と任期の固定化、国会の権限強化および政府の監視、比例代表制による選挙、終身制の貴族院から選挙制の上院への移行、税制や政策決定に関して国・地方大都市・県・郡・地区など各レベルで真の補完性を導入することなどの答申内容です。様々な組織がすでにこれらに取り組んでいます。また、内容だけでなくやり方も大切です。そのためには民主的プロセスを通じて国民が議論や討論を行う必要があり、国民参加が実際に目に見えるようでなければなりません。ここで重要な点は情報の伝わり方ですが、重大問題について考慮しながら解決法を探るには、全てのレベルで情報公開された民主フォーラムを開催する必要があります。民主主義を刷新することによって、政府界が社会の中心から機能するようになります。必要であることを察して、文化や政治、社会や経済上の様々な権利をどのように受給権に転換していくかを決定し、計画・政策を策定し、財源を保障し、市民界・実業界とパートナーシップを組んでサービスを提供するようになるのです。
第二に、経済と市場を刷新して、資本家が権力を振るう経済から、友愛・互恵・連携・協議・持続可能性に焦点を当てつつも、新自由主義という貝の中にひそむ真珠、すなわち自由企業、個人の起業、個人の出資や資本参加を重んじた経済へと転換しなければなりません。会社形態では相互会社方式が広まりつつあります。また社会インフラ事業と同様、銀行業界も国有化の代わりに相互化するほうが健全です。百万長者を経営幹部に起用することで有名なオーストラリアのマクォーリー銀行はテムズ・ウォーター社の親会社ですが、この水道会社は記録的な六億五百万ポンドの利益を上げながらも、インフレによる物価上昇を十七%も超える大幅な水道料金の値上げを発表しました。これを見ると、社会インフラ事業は相互会社化して信託するべきときが来たことがわかります。
Paul Gallagher, ‘Record Profit Water Firm Raises Prices’, Observer, 21 June 2009.
これによって経営者、労働者、出資者、消費者が社会事業を共同で所有・管理することができ、リスクや報酬を分かち合いながら持続可能なように投資するのです。連携・協議することは経済活動の真髄であり、経済運営の基本理念として促進する必要があります。地域食料運動では人々が協調しながら生産、流通、消費が行われています。例えばストラウド・コミュニティ農場では組合員が毎年予算や生産する作物の決定、毎月の割り当てについて合意して、二人の農業家と交渉します。そして組合員全体が農業家の収入を保証するようになっています。
連携・協議のための組織は世界レベルでも活躍しています。例えば国際エネルギー機関は世界のエネルギー資源・生産・ニーズについての研究・観測・提言などを行います。フェアトレードはコーヒーなどのサプライチェーンを見て、生産者に収入を保証するために、簡素なサプライチェーンや公正な利益レベルを基準にフェアトレード・ラベルを認証します。けれども今、持続可能な経済を築くのに必要なのは、それぞれの制度を全体的に監督する諸々の協議会であって、食料・エネルギー・金融・交通などの全体像を察知しながら措置を講じる組織です。例を挙げると、イギリスの交通機関は旧式で経費が高くつき、ムダが多く、国民全体の利益になっていない状況があります。大企業によって国家が乗っ取られた結果です。全国的な交通協議会が設置されれば、交通制度全体を調査して、利用者や交通機関の経営者、交通制度計画者の参加を求め、統合的・効果的・効率的で持続可能な交通制度を作ることができます。また経済改革においては、市民のベーシック・インカムの導入によって福祉制度依存体制から自立と率先垂範の文化へ転換することが可能となります。コミュニティ通貨(「ストラウド・ポンド」など)、CLTコミュニティ土地信託のような地元地域へ投資するための相互組織やコミュニティ資産を維持する組織などを利用すれば、地域に根付いて活性化した互恵目的の経済を築くことができるでしょう。
第三の機会は、コミュニティ・市民界を発展させて、教育・保健などの従来国によって管理されてきたサービスを、財源は公が負担しながらも市民界・コミュニティが(また状況によっては社会的企業が)自立して運営するサービスに転換することです。これが自由党のウィリアム・ベヴァリッジが抱いていた第二次大戦後の福祉国家のビジョンの一部でした。ベヴァリッジは福祉国家の役目は福祉と保健制度を改善するだけでなく、「再建の道に立ちはだかる五人の巨人…すなわち欠乏・病気・無知・不潔・怠惰」と闘うための武器として「社会向上のために私人が行動する」のを国が資金援助することだと考えました。スティーヴン・ヒルによると、ベヴァリッジは「自由の核心は自発的に行動する精神と経験である」と信じたといいます。公共サービスを人間らしくするためには人々のかかわりが必要です。そのためには政府の統制から独立する必要があるわけです。(Stephen Hill, unpublished paper, RIBA Futures Fair, 2 June 2009 参照。)べヴェリッジは将来これほどまで公共サービスが国によって提供されるようになるとは思いもよらなかったでしょう。
また、司法の分野では犯罪者に対する判決に関連して、独立した司法機関が保護観察機関や警察のほか、社会サービスの各当局や市民界組織などと協力して、細部まで考慮した判決方法を発展させることで、刑や修復的司法[訳注:被害者と加害者の対話を通して引き起こした害悪の修復を刑の基本とする]が犯罪者本人の立ち直りを促し、再犯を防ぐようにすることができるでしょう。受刑者が生業に就くための教育や人生転換のための機会として、刑務所を非営利〝社会的企業〟の形で運営することも可能です。学校教育制度に関しても、国とのパートナーシップを維持しながら準独立的に運営される公共サービスとして扱うことが可能です。また生涯学習を促進するために学校そのものを定義しなおす必要もあるかもしれません。教育を国有国営化したり私有民営化するのでなく、自由を吹き込むことによって教師、生徒、保護者が地元の資源・資財を有効に利用できるようにするのです。これは「森の学校運動」によっても幼児教育で示されてきました。
また、マスコミについても商業や政治の意図から解放して、正しい情報や真の対話、意識の向上をもたらすものに変える必要があります。民主主議は自由で中立のマスコミがなければ機能することができませんが、これはインターネットの普及によって実現することが容易になりました。例えば、「オープン・デモクラシー」というウェブサイトが存在します。またガーディアン紙の優れたウェブサイトは世界中の貴重なニュース源・情報源となり、世界のリベラルな意見を代弁していますが、これはガーディアン紙を所有するC・P・スコット・トラストが独立した慈善組織であることに負っています。またBBCがその内容に関して国からの影響を排すれば、イギリスだけでなく世界のための独立・中立の公共サービスとなることができます。このように、人々が様々な形でコミュニティのための活動にかかわっていく時間が取れるようにするためにも、ベーシックインカム制度の導入が有効であることも付け加えておきます。
資本主義と民主主義を変革する機会としてここで述べたアイデアは、このままでは模範的・理想的な行動事例を押し付けただけに終わってしまいます。活動を開始し、継続する場所はあなた自身がいる所に他なりません。あなたの居場所、すなわち近隣や地域コミュニティや職場などであなた自身ができることに焦点を当てることが大事なのです。そして、他の人々も同じように自分自身の「問い」に従って社会にかかわっていくことを信じる必要があります。