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マーテイン・ラージ著、林寧志訳  © 2019 Yasushi Hayashi

 『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』10の1

 

第十章 住民・家庭・コミュニティのための土地

 

大地はみんなで共有する宝となるであろう。元々創られたときはそうであったのだし、その後も人々の子孫に与えられたのだから。 

ジェラード・ウィンスタンリー、一六四九年

 

土地は共同体であり私たちはその一部であると考えれば、愛と敬いの心を持って土地を使うようになるだろう。機械化された人類がもたらした衝撃から生き残るには他に方法がない。

アルド・レオポルド『野生のうたが聞こえる』一九四九年

 

わが国では長年、商売の自由とパンや肉への非課税を享受してきた。しかしこの限りない恩恵に反して、いまだ改善されていない劣悪な土地制度が存在する。

ウィンストン・チャーチル、「民衆の土地」一九一〇年

 

私は住宅価格の抑制が効かなくなり、経済回復の持続性を危うくするようなことはいたしません。

  ゴードン・ブラウン、英国財相として始めての予算演説、一九九七年

 

私たちには容易に入手できる土地や住宅が必要です。土地が商品として市場で売買されると、結果は市場が機能不全に陥り、社会不平等の拡大、住宅価格の高騰、社会的排除が進み、賃借あるいは購入のための住宅が不足することになります。さらに土地を非課税の独占物として取り扱うことを許すと経済格差が増大します。ウィンストン・チャーチルは土地が全ての独占形態の元であると考えました。そして熱心に「いまだ改善されていない劣悪な土地制度」の悪について語り、それを改革すべく、遺産相続税、地価税、土地の登記の導入を一九一〇年の選挙公約「民衆の土地」で発表したのです。

 

この章では民衆の土地という問題について具体的な解決法をいくつか提唱しますが、初めに地価税について取り上げます。地価税を導入すると、ウィンスタンリーの言葉どおりに「大地はみんなで共有する宝となる」でしょう。その後で、資金に恵まれない個人が、住宅・農地・仕事を手に入れる方法としてコミュニティ土地信託や協同組合を扱い、土地を共同の富として回復する方法を探ります。人間の尊厳、暮らし、社会における人間関係を重んずるためには容易にアクセスまたは所有できる土地が必要不可欠です。

 

イギリスでは一九八〇年代に「買い取る権利」が公共住宅に導入(公的資金で開発された住宅を私的に所有することを奨励する)されましたが、それ以来、住宅は「住むところ」ではなく〝不動産投資〟であるという考え方が国民の間に広まりました。今では言葉の使い方から政府の政策までそれを前提とするようになっていて、それに異議が挟まれることはほとんどありません。その結果、社会的に受け入れられるためにはマイホームの所有が不可欠で、賃貸住宅に住む人々は社会的排除の的となっているのです。 

 

政府・銀行・一般市民が土地や住宅を投機のための商品として扱ったことが直接、信用バブルおよび不況に結びつきました。賃貸住宅を社会政策に織り込むのは古びた考えだと見なされるようになりました。「ホームバイ」計画などの分割所有制度(注1)がしばしば妥協案として出されましたが、これは住宅価格をさらに上昇させました。(注2) 

注1.これらは様々な住宅供給組合によって運営されており、大体において住宅の一部分を所有、残りを賃借する形、あるいは「ホームバイ」計画の場合には一部分を所有、売却利益は比例配分という形になっている。これらの住宅は一般市場においては住宅を完全に所有することが不可能であるが購入価格の一部分についてならローンを組めるだけの所得がある人々に提供されている。

 

注2.政府によって明言された目標は住宅所有率を人口の七二%から八〇%に引き上げることであった。過去十年間、賃貸社会住宅の建設は年間一万七千三百戸に制限されてきた。同時にこの期間に「買い取る権利」法によって五十万軒ほどの公共住宅が毎年平均四万八千三百軒の割合で売却された。二〇〇七年七月にはイヴェット・クーパー住宅担当相(当時)が二〇二〇年までに三百万戸の住宅を建設する意向を発表した。しかし仮に年間二十七万戸の割合で建設が進められても、手頃な住宅を入手できる可能性自体に格差が広がるのを遅延するだけの効果しかない。

 

全体的に見た住宅の不足状態が価格の上昇をあおったのです。相応で手に入れやすい賃貸住宅がないので〝選択の自由〟というレトリックにもかかわらず誰もが自分の状況や願望、優先度を省みずに競争に走ったのです。さらに〝不動産所有者民主主義〟という考えが生まれたようで、土地の所有者でないと民主主義に参加できない時代に逆戻りしたかの様相です。 

 

初めてのマイホームを買って〝不動産昇進の道〟に一歩を踏み出さなければダメだという社会的圧力を国民が感じていたため、始めての住宅購入者への貸付が緩和されましたが、それによって今まで不動産に縁のなかった人々さえ不動産の所有が可能になると思うようになったのです。これが経済の起動力、消費ブームの原動力、幸せを生み出すもととなりました。誰も彼もカネに酔いしれたのです。   

 

指定期間内は金利の支払いのみでよいという住宅ローンやノーザン・ロック型のサブプライム・ローンが、いい加減な資金力調査だけで住宅を始めて購入する若い人々に提供された結果、彼らは年収の五倍以上のローンを組むことができたのでした。住宅価格は常に上昇すると信じて、この機を逃すとマイホームの購入は永久に遠のくと恐れたがゆえに、これらの人々は無鉄砲にカネを借りたのです。

 

そして、この〝投資〟が将来ひとりでに労をせずして富を生み出すという、心を蝕むような約束を誰が拒否できましょうか。そのような収入のほうがコツコツ働いて稼いだものよりも勝るのは確実です。三十歳になっても不動産昇進の道を歩めない人たちはパニック状態にあって、しかもそのような人たちが身を置いている住宅環境は不安定で非常に高価でした。その一方、ブームで利益を得た人々は高騰する住宅価格を利用して、自分の財産物件の価値を抵当にして投資用賃貸住宅の購入のためにさらに借金をし、住宅価格がますます上昇したのです。

 

過去十年間の住宅価格の高騰によって二年分の国民産出量に匹敵する二兆五千億ポンドが、今から見れば一時的にですが、住宅所有者の名目上の富に加算されました。イギリスの各地で平均住宅価格が社会的に持続可能な平均年収の三~四倍ではなく九~十倍に膨れ上がったのです。

 

このように住宅価格は上昇し続け、一九九七年から二〇〇七年の間に三倍以上になりました。それと同時に債務不履行や差し押さえのリスクが高まり、金融制度の存続まで危うくなりました。アメリカでは住宅ローンの借りすぎでネガティブ・エクイティにある人々、すなわち住宅ローンの残高が当該住宅の価値を上回る状態にある人々が、そのまま家を捨てて去るようになっていて、潜在的に一兆ドルに上る損失を銀行に残しています。

注3.BBC World Service, ‘World Today News’, 29 July 2008.

 

イギリスでは二〇〇九年の夏の時点でマイホームを所有する人々の九人に一人がネガティブ・エクイティにありました。基本的な都市機能を支える仕事に就く低所得労働者たちは職場の近くに住むだけの収入がなく、このような人々のために都市から離れた田舎が開発されています。子どものいる家庭の多くは手取り収入の半分以上を家賃や住宅ローンの返済に費やします。世代間の不公正により子どものいる家庭が老齢者の家庭よりも不利になっています。民族浄化(エスニック・クレンズィング)ならぬ〝社会浄化(ソーシャル・クレンズィング)〟という言葉が生まれました。それに加え、投資目的を優先したがために粗悪に建設された新住宅が空家のまま残るという後遺症もあります。このような問題を解決する方法は何でしょうか。 

 

二〇〇七~八年の信用危機によって状況が大分変わりました。イギリス住宅協会が二〇〇九年に行った調査によると、十八~二十四歳の若者のうち、マイホーム所有が自分にとって良いことだと感じているのは三分の一あまり(三七%)に過ぎません。その間住宅価格は劇的に下降し、それと共に経済一般に大不況がもたらされて、失業率が上がっているのです。

 

二〇〇七年秋には百年来始めての銀行取り付け騒ぎを防ぐために、二百四十億ポンドがイギリス政府からノーザン・ロック社につぎ込まれました。各銀行はリスクの多い融資を縮小しなければならなくなり、低所得者に対する以前のようなローンはもはや融資しなくなったので、低所得者はマイホームのことなど夢に見ることもできなくなりました。

この章ではいくつかの選択肢を検討したうえで、二つの建設的な方策、すなわち地価税およびコミュニティ土地信託を提案します。

 

·       地価税:私たちの共同遺産を分かち合う

-   地価税はどのように機能するか

-   地価税はなぜ反対されるか

·       コミュニティ土地信託(CLT)

-   CLTとは何か

-   CLT制度の始まり

-   CLTの目的

-   CLT計画への援助

-   イギリスのCLT

·       土地はどこから来たか

·       住宅取得の経済格差

-   売却の際の価格制限

-   エクイティ・モーゲージ

-   信託宣言によるリース

-   相互住宅所有組合

-   コーハウジングおよび住宅協同組合

-   テナント・コオペラティブ住宅

·       CLTコミュニティ土地信託の将来

 

·       まとめ

 

  • マーティン・ラージ著『三分節共栄社会』について
  • 第一部 社会を造り直す
  • 1. どんな社会の未来を望むか?
  • 2. 個人のイニシアチブが社会を造り直す
  • 3. 三分節社会:政府界・実業界・市民界
  • 第二部 資本主義の成熟と境界線の侵害
  • 4. 市民界の出現:壊れた柵を造り直す
  • 5. 国家を乗っ取る
  • 6. 文化を乗っ取る
  • 7. 狂奔する資本主義:没収された共同の富
  • 第三部 境界線を引き直す
  • 8. 資本主義の変革
  • 9. 市民のベーシックインカム:社会的包摂および全ての人の共栄
  • 10. 住民・家庭・コミュニティのための土地
    • まとめ
  • 11. 教育に自由を吹き込む
  • 12. 共生社会:今出現する社会の未来像から導く

 

 

 

 

 

社会三分節研究室・林寧志

オーストラリア、メルボルン在住

 

 

 

 

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    • 1. どんな社会の未来を望むか?
      • 「コモンズ」と「三界分立」の視点
      • 社会を変革するためのアプローチ
      • 実業界・政府界・市民界の境界線
    • 2. 個人のイニシアチブが社会を造り直す
      • まとめ
    • 3. 三分節社会:政府界・実業界・市民界
      • 三分節社会のまとめ
    • 第二部 資本主義の成熟と境界線の侵害
    • 4. 市民界の出現:壊れた柵を造り直す
      • 三分節社会における文化パワー
      • まとめ
    • 5. 国家を乗っ取る
      • まとめ:国家の乗っ取りから境界線の再設定へ
    • 6. 文化を乗っ取る
      • まとめ:文化を乗っ取る
    • 7. 狂奔する資本主義:没収された共同の富
      • まとめ:新自由主義と三分節社会の比較
    • 第三部 境界線を引き直す
    • 8. 資本主義の変革
      • まとめ:今出現する社会的経済
    • 9. 市民のベーシックインカム:社会的包摂および全ての人の共栄
      • まとめ:ベーシックインカムを実施に移す
    • 10. 住民・家庭・コミュニティのための土地
      • まとめ
    • 11. 教育に自由を吹き込む
      • 結論:教育界と政府のパートナーシップ
    • 12. 共生社会:今出現する社会の未来像から導く
      • 資本主義と民主主義を変革する機会
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