マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』1の3
すでに述べたように私たちは金融・気候・ピークオイル・食料の危機といった数々の緊急問題に直面しています。このような複雑な難題を解くにはどのような形で協働する必要があるのでしょうか。本書はこのような状況に至った原因を分析し、解決策を提案します。私は企業・政府・コミュニティのさまざまな人々と事業方策の計画立案の仕事に携わってきましたが、それが本書を著すにいたった一つの引き金になっています。望まれる社会の未来について語り合うとき、どこに属する人でもみな同じような問題について語ります。私と同様の仕事をする世界各国のファシリテーターたちも世界中で同じ論点が浮き彫りになるのに気付いています。
大局的な観点から方略を探るワークショップを開く際、次のような形で論点を浮き上がらせます。まず第一に、参加者がここ数年広く一般社会で起こっている変化に目を向け、そのうち目新しいこと・重要なことを出し合います。第二に、もし誰も何の行動も起こさなかったとしたらその結果社会が五年後にどのようになっているかを予想します。第三に、もし人々が社会を変えるために努力をしたら七年後にどのようになっているかを予想するのです。望まれる未来と起こりそうな未来の違いに気づいた参加者は、こぞって論点を取り合あげ、コミュニティなり会社や組織を変えるためのプランを出し合うようになります。このような対話の場をつくると、人々は広く社会や自分のかかわっている組織やコミュニティで起こっている出来事に気付いて、それを分析しながら自分たちが本当に望むものが何であるのかを探るのです。
このようなディスカッションを通じて望まれる未来のシナリオを描き、重要点をまとめると、次のような未来の「種子」となる問いかけになります。
· どうやって地球の環境容量を尊重しつつ、全ての人々のニーズを満たす経済をつくるか。
· どうやって平和で民主的、公正で公平な社会をつくるか。
· どうやって全ての人間が創造性を生かし、精神的・社会的・物質的可能性を発揮できるようにするか。
· どうやって地球および全ての生き物を保護し、美しい世界や環境をつくるか。
これらの問いかけに取り組むために、社会変革へ向けての活動ポイントをこれから述べます。読者はもちろん自分のコミュニティ・会社・組織にとっての緊急課題が何であるか、またそのためにはどのアプローチを取るべきか、自分で判断することができるでしょう。
本書は、創造的かつ公正で持続可能な社会への移行に向けて、自らコミュニティ・会社・組織の中で少しでも変化を促そうとする人たちのために、大局的な方略を立案する際の手段や変革プロセスを示します。ビジネス・リーダーなら自分の会社の成功だけでなく、社会の緊急な課題に対して政府や市民界組織と効果的に協力しお互いに利益を得る方法もこの本から学べます。事業経営者として成功している人は持続可能な社会をサポートしながら自社の利益を追求するのが得策であると気付いています。市民界の活動家や文化人、住民運動のリーダーたちはそのイニシアティブや提言活動でどのように政府機能や企業活動を補完すればよいか、分かるでしょう。政治家や公務員は官僚主義的統制のイメージでなく社会の心臓部として機能するイメージで職務に当たることができます。本書は、社会のどの部分で働いているにせよ、議論や不満を訴えるばかりの行動に飽き足らず、実際に社会の未来を築こうとする人々のためのものです。
まずアプローチとして住宅問題を取り上げてみましょう。イギリスで手頃な価格で手に入る住宅が不足しているのは、住宅市場の機能不全や金融制度の崩壊の他、歴代政府が「経済成長」を人為的に作りだすために住宅価格を故意に高騰させたことや、土地を空気のように皆で分かち合う「共有財」と見るのではなく市場の商品として扱うことなどに原因があります。この分析結果は、第十章「住民のための土地」の中で詳しく述べますが、そこから導かれるのは、都市部や町村において住宅・職場・食料生産・住民施設などが永続的に手頃にアクセスできるようにするために、すでに実験済みの地価税やコミュニティ土地信託を導入することです。土地をみんなで共有する富であり、権利として扱うという本質的な変革により境界線を引き直し、経済的自由主義における土地の擬制商品化をやめるのです。資本を共同の富として扱うこと、市民所得(ベーシック・インカム)によって労働を解放すること、教育を国家の枷から自由にすることなど、ほかにも様々なアプローチがあります。
本書はまた企業・市民界・政界のリーダーたちが社会・経済・政治の情勢を「変革手段を示す見取り図」として大局から捉え、荒れ狂う世界の中で自分の組織の進路を見定める際にも役立つでしょう。この新しい社会図をここで提示するのは1989年の共産主義の終焉以来野放しになり、今なお暴走する資本主義によって引き起こされた社会・環境・政治・経済の危機の真っただ中に私たちがいるからです。1989年に倫理的に破綻した共産主義が崩壊したように、現在の経済的自由主義も巨額の債務により自爆する金融システムとともに一歩一歩崩壊の道をたどっているのかもしれません。社会が大企業と金融業界により支配され、乗っ取られた国家は国民に服従を強制し、国民の多額の税金を国民生活の利益とは無関係な大企業にどんどん流し込んでいます。
しかしまた今や「大企業・ビジネスセクター」を国家から分離させ、「市民界」(コミュニティ・文化セクター)と呼ばれるダイナミックな社会の新しいパートナーと共に三者でバランスをとる市民社会の時代が到来したのです。