マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi 『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』1の4
社会は「政府界」・「実業界」・「市民界」の三本足からなる腰掛のようなものです。もしそれぞれの領域が自分の長所を生かし、他の二者との対話・パートナーシップによって適正に機能するならば、社会の刷新をもたらし、また効果的な行動が可能になります。
逆に、もし実業界・政府界・市民界が適正な境界線を踏み越えると社会に歪みが生じます。例えば、大手スーパーが政府・自治体に圧力をかけ業界に都合の良い基準を設定させ、田園地帯での出店許可を取り付けて地元小売店を廃業に追いやるならば、国家や自治体が実業界によって乗っ取られてしまったのだと言えます。国が土地・空気・自然資源などのコモンズを商品化して売り払ってしまうと、一般市民はそれらを手に入れることができなくなります。実業界が市民界に属する文化の場を商品化してしまうと、医療や教育が営利目的のビジネスと化してしまいます。公的機関がビジネスや市民界組織を経営すると形式的手続き重視・ムダ・お役所仕事に陥ってしまう危険が多いのです。
実業界・政府界・市民界はそれぞれ共同の利益の実現に向けて業務・活動を行いますが、領域・セクター間の境界線を明確にすることによってさらに有効に貢献できるようになります。社会の三つの境界線を明確にすることは権力・管理方法を分立させることです。幸いなことに人々は日常生活の中で国・企業・市民界の違いを肌で感じています。例えば、国籍は商品のように売り買いできるものでなく、教育内容は政治的意見によって決定されるべきでなく、宗教は個人の問題であって国が口をはさむことではない、などのことは直感的に分かっています。社会全体を三分節化することは、ジェームズ・マディソンが1787年のアメリカ合衆国憲法に導入した立法・行政・司法の三権分立と同じように、有用な社会の構成物になるに違いありません。
社会権力を国家・企業・市民界の三つに分離すると、次のような新しい指導原理が導かれるます。すなわち市民界・文化領域は自由の原理によって導き、権利・責任をつかさどる国家・公の領域は平等の原理によって導き、企業・経済活動は友愛・互恵の原理によって導くようにすれば、それだけ私たちの社会は創造性に満ち、公正かつ民主的で、健全で適応力のあるものになります。
C. Schaefer, 'Nine Propositions in Search of a Social Order', unpublished paper, 2003. 参照。この金言は元々クリストフ・ストローからのものだが、原著者が手を加えた。
この三分節論は、自由・平等・互恵・持続可能性に基づく社会という高尚な原理を説くだけでなく、様々な実際的な利点をもっています。適正な境界線を定め、国・市民界・企業がそれぞれ独自の方法で社会に貢献すると、次のような結果が実際にもたらされるはずです。
· 持続可能な発展を実現するために社会の三界が連携・協働することで、これまで手の付けられていなかった難題も含めて、より効率的な解決法を見出す可能性が広がる。
· 市民所得(ベーシック・インカム)を通して労働の尊厳を回復し、人々が本当に役立つ仕事や社会への貢献をすることができるようになる。
· 土地や資本を共同の富と捉えなおし、それらを市場で取引される商品として扱うのでなく、住宅や農地、起業に必要な共通資本として社会利益のために永続的にアクセスできるようにするために、土地信託・資本信託の制度を開発する。
· 人間の潜在能力を解放する芸術・保健・教育などにおいて、国は、公共サービス提供者としてではなく、市民界によるサービス提供を支援するパートナーとして機能するようになる。
論点を広げすぎるのは危険ですが、本書は95%の批判のあとで謂5%の解決法を提示するものではありません。私は分析に焦点を当てるとともに社会の刷新のための原理を見つけ出し、変革行動を起こす上での実用的なアプローチを提案することを重視します。
制度を本当に理解できるのは、読者のみなさんが自分で制度を変えようと試みるまで無理かもしれません。私がイギリスの農地所有のシステムについていろいろ学んだのは、コミュニティ農地信託に関する活動の研究プロジェクトを実施し、そのような農地信託をいくつも設立することを通してでした。
www.stroudcommonwealth.org.uk 参照。
印象に残ったのはイギリスの七〇%の土地がたった十五万七千人の地主によって所有されており、なかでも一〇六六年のウィリアム征服王の土地の略奪政策のときに恩恵を受けたプランタジネット朝の子孫が今でもイギリス全土の一〇%の土地を所有しているということでした。
私の希望は、本書の見取り図や指導理論が読者のみなさんが社会変革の旅に出る際に役に立つことです。実践や経験抜きの理論は役に立ちませんし、理論なしの実践例は根底にある原理を理解しないままレシピのように真似ることになるので危険です。ノウハウ(やり方)が分かっていてもノウホアイ(理由)が分からないからです。
本書を有効に使うために
本書は拾い読みしても通読してもよいように書かれています。図や挿絵が一つのストーリーを語ります。囲み記事で解決法・ストーリー・実例を示しました。第一部はまさに崩壊寸前の国家と企業に支配された二極社会に取って代わる社会三分節という新しい社会構想を描きます。三分節化という分析方法に基づいた実践的応用に興味がある読者は、資本主義・土地・労働を変革する、第三部に焦点を当てたらよいでしょう。コミュニティ・企業・政府の活動における大局的方略の立案に関心がある読者は第十二章や付録のパートナーシップ確立や計画のための手段、組織の再構成のための参加型構想プロセスの方法に目を向けると良いでしょう。第二部では資本主義から市民社会へ移行するにあたって、まず現状に至った原因やプロセスを政治的・経済的・文化的な視点から分析します。その中で新自由主義がいかに地球や企業やコミュニティの存続を脅かし「アフルエンザ(豊かさ病)」を通して個々人の幸福をないがしろにしているかを示し、さらに三分節社会と新自由主義経済社会とを対比した一覧表を付けて締めくくります。
それではまず「なぜますます多くの人が自ら変化を促そうとしているのか?」という問いに目を向けてみましょう。